名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)1493号 判決 1991年11月27日
原告
桑島修一
被告
桜井信彦
主文
一 被告は、原告に対し、金二六六万八七三〇円及びこれに対する平成二年六月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項につき仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金四六〇万七〇〇〇円及びこれに対する平成二年六月二日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、左記一1の交通事故の発生を理由に、被告に対し、民法七〇九条により損害賠償を請求する事案である。
一 争いのない事実
1 交通事故
(一) 日時 平成二年三月二三日午前三時四〇分ころ
(二) 場所 名古屋市南区東又兵衛町一丁目三二番地
(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車
(四) 被害車 原告所有の普通貨物自動車
(五) 態様 被告が、加害車を運転して走行中、駐車している被害車に追突した。
(六) 結果 被害車は、ニツサンロングハイルーフバンという車名の車の内部にタンスのように商品を積み込むための棚を取り付けた、仕事専用の特殊な車両であるが、本件事故により、使用不能となつた。
2 責任原因
被告は、前方不注視の過失によつて本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により、原告の被つた損害を賠償する責任がある。
二 争点
本件は、いわゆる物損事故であり、原告が、<1>車両損害九五万円、<2>車両賃貸料一四七万円、<3>新車調達費用五八万七〇〇〇円、<4>慰謝料一〇〇万円及び<5>弁護士費用六〇万円を請求するのに対し、被告は、右損害発生の有無ないし損害額を争い、特に、<2>車両賃貸料について、一日三万円という賃貸料は高額に過ぎ、妥当性を欠くと主張する。
第三争点に対する判断(成立又は原本の存在・成立に争いのある書証については、証人永塚寿幸、原告本人又は弁論の全趣旨によりその成立等を認める。)
一 車両損害
前記のとおり、原告所有の被害車は本件事故により使用不能(全損)となつたものであるところ、甲二、乙一の一・二によれば、原告は、被害車を平成二年一月に中古車として七四万八七三〇円で購入したこと、本件事故後に損害調査に当たつた保険会社の担当者は、市場価格を調査した上、被害車の車両時価額(後記の棚の取付費用を考慮に入れない価額と考えられる。)を八〇万五〇〇〇円と算定していることが認められる。
ところで、車両が事故によつて修理不能の状態になつたときは、一般に、被害車両の事故当時における取引価格をもつてその損害額と見るべきであるが、本件の被害車については、後記のとおり中古車としての市場性に乏しいこともあつて、本件事故当時における取引価格を算定すべき的確な資料がない。しかし、右に認定した事実によれば、被害車は、購入時から約二か月を経過した本件事故当時においても、購入価格を下回らない取引価格を有していたものと判断するのが相当である(ただし、右の保険会社の担当者の算定額をもつて直ちに取引価格と見ることは難しい。なお、本件においては、スクラツプ売却代金として控除すべきものはないと認められる。)。
また、甲九によれば、原告は、被害車を購入後、平成二年二月に一五万円を掛けて商品を積み込むため棚を被害車に取り付けたことが認められる。
以上によれば、被害車の破損による損害は、七四万八七三〇円に一五万円を加えた八九万八七三〇円と認めるのが相当である。
二 車両賃貸料
甲一一ないし一五、一八ないし二三(各枝番を含む。)、証人永塚寿幸、原告本人及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原告は、前記のとおり被害車に棚を取り付けた上、これに商品(日用品雑貨、髪飾り、アクセサリー等)を積み込んで運搬し、スーパーマーケツトの店頭などにおいて右商品を販売する事業を営むべく、準備を進めていた。
2 しかし、原告が営業を開始するという当日になつて本件事故に遭い、被害車は使用不能となつた。
3 被害車(ニツサンロングハイルーフバン)と同種の車両は、近隣のレンタカー会社においては賃貸に供されておらず、賃貸料の相場も存しなかつた。また、当時、この種の車両は、中古車市場にはほとんど出回つておらず、新車を注文した場合には、納車まで四〇日前後掛かる状態であつた(棚の取付けには、更に一週間くらいを要した。)。
4 そこで、原告は、同業者である有限会社東永商業(代表者・永塚寿幸。以下「訴外会社」という。)に頼んで、訴外会社が営業に使用していた同種の特殊車両を回してもらい、本件事故当日である平成二年三月二三日から、後記とおり原告が新たに同種の車両を入手し、かつ、棚を取り付けるまでの期間である同年五月一〇日まで、四九日間、これを賃借した。
5 右期間中の賃貸料については、当初、訴外会社において一日五万円を要求したが、結局、原告・訴外会社間で一日三万円とすることで合意が成立した。
6 右の賃貸料は、訴外会社における車両一台当たりの一日の平均収益力に基づいて算出されたものである。すなわち、訴外会社の代表者である証人永塚寿幸の説明によれば、訴外会社の平成元年九月から平成二年三月二〇日までの総売上げを販売日数で割ると、一日当たりの売上げは一五万五三〇七円となり(甲二〇)、右賃貸期間中、一か月のうち少なくとも二〇日間は販売を行うことができると考えられるから、右一五万五三〇七円に二〇日を乗じ、これに粗利益率である四割を乗じた上で、三〇日で割ると、一日当たりの粗利益は四万円以上になる。というのである。
7 原告は、本訴提起後の平成三年一月七日、訴外会社に右賃貸料一四七万円を支払つた。
ところで、右に掲記した証拠によれば、なるほど、被告の指摘するように、一日三万円という賃貸料が取り決められたのは、原告と訴外会社との間の力関係による面が多分にあり、また、原告が訴外会社の意向を受け入れたについては、保険会社が支払つてくれるという期待があつたことが窺われる。しかしながら、右に認定したとおり、被害車と同種の車両については、賃貸料の相場は存しないところ、原告としては、予定どおり営業を行うため、当面、訴外会社が営業に使用していた同種車両を賃借するほかはなかつたのであり、このような事情がある程度賃貸料に反映されるのはやむを得ないことと、また、一日三万円という賃貸料は、訴外会社における車両一台当たりの一日の平均収益力に基づいて算出されたものであり、これが最も妥当な計算方法といえるか否かは議論のあるところだとしても、一応の根拠を有するものであること、などにかんがみるならば、賃貸人である訴外会社と賃借人である原告との間で取り決められた右賃貸料の額は、著しく不合理なものということはできず、いまだ相当因果関係の範囲を逸脱しているものではないと判断される。
三 新車調達費用
甲六の一・二、八、一〇及び原告本人によれば、原告は、平成二年四月二八日に被害車と同種の車両(ただし、被害車より多少車体の長いニツサンスーパーロングハイルーフバンという車両で、新車価格も四万三〇〇〇円高い。)の新車を一五八万円で購入したことが認められるところ、原告は、この一五八万円から右四万三〇〇〇円と前記一の車両損害として原告の主張する九五万円を控除した五八万七〇〇〇円が損害(新車調達費用)に当たると主張する。
しかしながら、使用価値だけを見れば、原告の主張するように、被害車のような乗務用特殊車両については中古車の場合に比して特に新車であることの利益がないということができるとしても、新車を入手すれば相応に高い交換価値を取得することになるのは否定し得ない。したがつて、仮に、新車を購入する以外に同種の車両を再調達することが不可能であつたとしても、やはり、被害車両の事故当時における取引価格をもつてその損害額と考えるべき筋合であり、新車調達費用を損害とするのは相当でないというべきである(ただし、この場合には、望まないのに価値の高い新車を購入することを余儀なくされた点を、別途、慰謝料などの形で考慮する必要はあると考えられる。)。
のみならず、なるほど、被害車と同種の車両は、市場性に乏しく、中古車市場にはほとんど出回つていなかつたことは、前記のとおりであるが、乙一、三に照らすと、多少時間が掛かるとしても、被害車と同種・同程度の中古車を入手することが不可能であつたとまでは認められないから、本件においては、この面からしても、新車の調達に要する費用を基礎に損害を算定することは相当でないというべきである。
四 慰謝料
原告は、被害車を使つて自分の計算で稼働できるようになつた正にその初日に本件事故に遭つたもので、著しいシヨツクを受けたし、本件事故後は、新車調達のための金策に四苦八苦しなければならなかつたとして、慰謝料一〇〇万円の請求をする。
しかし、交通事故によつて車両が破損した場合に、被害者が大なり小なり精神的苦痛を受けることがあるとしても、右の精神的苦痛は、その性質上、財産上の損害が填補されることによつて除去されるのが通常であると考えられる。そして、原告についても、その主張する精神的苦痛は、前記一、二及び後記五の損害の填補を受けることによつて除去される性質のものであると判断されるのであり、金銭をもつて慰謝しなければならない特段の事情はいまだ認められない。
五 弁護士費用
原告が被告に対し本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用としては、三〇万円が相当である。
六 結論
以上によれば、原告の請求は、二六六万八七三〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成二年六月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 河邊義典)